2022/08/23

51歳でも進化できるグライディング~2022年世界選手権パイロットレポート~



 TEAM MARU パイロット 丸山毅


TEAM MARUの挑戦2022が終了しました。2022年世界選手権ハンガリー大会の総合成績は32/得点率82%でした。この結果は2014年世界選手権ポーランド大会の31/得点率84%と大差ないものに見えるかもしれません。ですが日々のフライトを振り返ると、得点率90%以上が4回、91回、101回と、パイロット自身としても、現地参加クルーの視点からも、大きな成長を実感でき、「この年齢でも成長できた」という大きな喜びを得た大会となりました。

 前回の2018年世界選手権チェコ大会において、18mクラスのトップパイロットが使用する機体が前世代のASG29から新世代のJS3Ventus3 に一新されました。大会中好条件に恵まれたこともあり、デイリーウイナーの平均速度が140150km/h台とハネ上がり、それがレース期間の半分を占めるという異次元の高速レースとなりました。新世代機の高速性能が遺憾なく発揮されたわけです。

 私はもともと高速レースに苦手意識がありましたが、それ以上に、私の当時の機体ASG29では新世代機が叩き出す220km/hの巡航速度について行けなかったことがストレスになり、成績を下げる大きな要因となりました。有り体に言うと、上位陣のガグルと飛ぶことができなかったのです。そのため2018年大会は36/得点率79%の結果になっていました。

 そこで、次の世界選手権2020年ドイツ大会、2021年ハンガリー大会への挑戦に向けて、以下3点の対応を目標に準備を行いました。

 ①高速レースへの対応(最新世代レース機JS3への乗り換え)

 ②高速ガグルへ対応した確実なスタート、コース上でのガグルを利用したフライト

 ③常に冷静な対応(パニックにならない)

 

※ガグル:複数のグライダーが同じ上昇気流内で同じ回転方向にサーマリング(クライム)している状態。「あそこに5機のガグルが見える」など、複数のグライダーをまとめて「ガグル」と呼称します。また「先頭のガグルに追いついた」「後続のガグルに追いつかれた」と表現する場合はクライム中であるかどうかに関わらず、単にグループとしてのグライダーを指し示している場合もあります。

目に見えないサーマルに対し、既にクライムしているグライダーは容易に視認できるため、上昇気流を効率的に見つける手段として利用され、グライドの際はより空気の沈みの少ないコースを選択するためマーカーとなります。11秒を争う競技では多くの機体が同じ上昇気流に集まる傾向があります。ただし先行するガグルを追いかけることが必ずしも正解とは限りません。また、クライム時の技量(上昇率)やグライド時の性能(下降率)に差があると、同じグループ、同じガグルをフォローし続けることは難しくなります。ここではトップパイロット達が形成する「クライムもグライドも速い」集団を「高速ガグル」と表現して、ミドルクラス以下のガグルと区別しています。


   高速レースへの対応(最新世代レース機JS3への乗り換え)

・最新世代レース機JS3レンタルの手配

2018年の世界選手権報告会終了後、早速JS3を貸し出ししているオーストリアのオーナーさんとコンタクトし、2019年〜2021年の借用について相談、2019年シーズンからのトレーニングの準備を始めました。オーナーさんとは面識があり、競技会で一緒に飛んだことのある方でしたので、機体とあわせてヒッチ付き牽引車を近隣空港送迎込みでレンタルできることになり、練習のために日本からヨーロッパまで出かける必要のある私としてはとてもよい環境を手に入れることができました。


・最新世代レース機JS3の慣熟

2019年シーズンはJS3でのトレーニングを3週間行いました。最適なセッティングを見つけ、ある程度乗りこなせるようになるには時間を要し、世界選手権代表選手クラスとある程度同等にフライトできるのが見えてきたのは2019年シーズンの3週間の練習最終日でした。リーダーからは「JS3に機体を変えても結果が出ないのであれば競技から引退したら?」と言われていたのですが、結果が少し出たことで、2020年の世界選手権ドイツ大会に向けて引き続き協力してもらえることになりました。とはいえ、この日は低速コンディションの日でしたので、低速コンディションについては明かりが見えてきたものの、高速コンディションの対応についてはまだ見通しはついていませんでした。

2019年プレ世界選手権大会にて 

・大会スケジュールとコロナの影響

2020年はコロナの影響で、それ以降に予定されていた全ての世界選手権が1年ずつ延期されました。2021年は2020年から延期された世界選手権がドイツで予定されていましたが、ドイツはヨーロッパの中でもコロナの行動制限が厳しく、残念ながら開催中止となりました。2021年シーズン後半になってワクチン接種が整い渡航の目処が見えてきたことから、2022年に延期された世界選手権ハンガリー大会に目標を再設定し、高速レースへの対応トレーニングを開始しました。

・ナミビアでの高速コンディションへの対応トレーニング

2021年秋ナミビアにて、2017年にもトレーニングをお願いした世界チャンピオンコーチにお願いして同乗トレーニングを行いました。クライム、グライド、速度選択、コース選択、と、高速フライトの基本ができていないことをコーチにあきれられながらも、「空気を感じられる速度を選択すること(Feeeel the air ! 発音はフィィィール・ザ・エアー)」を繰り返し指導されました。そして9日間のトレーニングの最終日、ようやくやり方が見えてきました。「前日まではまるでできていなかったところから、突然の進化を果たした!」とコーチにも驚かれ、最後には褒めて頂いてトレーニングを締めくくることができました。思えばこの時期は学習曲線が高原期にさしかかり、足踏みをしていたのでしょう。うまくできない自分とコーチの厳しいアドバイスから、自らにプレッシャーをかけてもがいていたのだろうと思います。


・世界選手権前、再びJS3でのトレーニング

2022年シーズンは、2019年にJS3を乗りこなせたフライトが現実だったのか、JS3でも高速レースに対応できるのか、を確認するためにJS3を使った2週間のトレーニングを3年ぶりに行いました。1週目は5月の連休中のハンガリー、世界選手権開催地から10km隣のSzatymaz飛行場で開催されたフレンドリーコンペへの参戦です。コロナ前は毎年参加していた競技会なので参加者もほとんど顔見知り、開催地にも慣れていたので一人でしたがリラックスしながら参加することができました。

3月からの国内練習でクロスカントリーフライトの感覚を取り戻し、良いフライトで国内トレーニングを気持ちよく終えてハンガリー入りできたので、気持ち的にも上向きだったと思います。飛べたのは7日中4日でしたが、最初の2日間はハンガリー代表選手、イタリア代表選手のJS3130km/h前後のコンディションでも遜色ないパフォーマンスを出すことができ、2019年のフライトが幻では無かったこと、JS3でも高速レースへの対応ができそうなことが見えて来ました。


後半の2日間はバグワイパーの不具合で成果には繫がりませんでしたが、本戦前に使用機材の不具合を明確にして事前に対処できた、という意味でよい機会となりました。また、ガグルと飛ぶことを念頭に置き過ぎていることで、ソアリングコンディション急変時の頭のギアの切り替えが遅れることが分かりました。


トレーニング2週目は5月最終週のチェコ選手権に設定しました。リモートワークが許可されていたことから、コンペの間の2週間は日本へ帰国せず、オーストリアから時差リモートワークで仕事をしていました。これにより、ハンガリーのコンペでのメンタル疲労からのリカバリーができ、時差を伴う移動による疲労もなくチェコ選手権に参加することができました。

 チェコ選手権の会場のZbraslavice飛行場は初めて飛行する飛行場で、チェコ語の全く分からない参加者は私一人、という状況だったのですが、馴染みのチェコ人パイロットも多く、チェコ語でオペレーションされる大会を通訳してくれる親切な皆さんのおかげで、ストレスはありながらも無事に参加することができました。

天候には恵まれず3日のみの競技参加になりましたが、悪いコンディションでのリスクマネジメント(格好悪くてもガグルを使いまくる)、遠隔地でのアウトランディング(エンジンリスタート)時のジェットエンジンの航続距離を考慮したホームへの帰投計画のシミュレーション(航続距離が短いので、場合によっては途中の飛行場に降りて航空機曳航で帰る)もでき、高速レースとなった参加最終日には得点率81%のまずまずの成績で、JS3を使ったトータル2週間の練習を気持ちよく終えることができました。また、世界選手権でも引き続き借りる牽引車のトラブルも見つかったので、本戦前に修理して頂くことができました。

・世界選手権でのJS3

6月は一度帰国、しばらくの週末は日本グライダークラブと滑空協会の理事業務に対応し、日本グライダークラブ世界選手権等参加支援寄付事業をスタート、並行してTEAM MARUクルーチームと事前の打ち合わせを行い、715日に日本を出国してハンガリー入りしました。

本戦直前の公式練習期間中も高速コンディションで平均速度149km/h143km/h、得点率96%97%と良い状態を確認できました。本戦に入ってからも11日間のレース期間で高速レースになった8日中、4日間は156km/h132km/h145km/h149km/h、得点率91-93%、加えて2日間は得点率85-88%と想定以上の成績を記録。高速レース8日中6日でトップクラスと遜色ない結果をだすことができ、デイリー順位では91101の成績を出すことができました。


2018年の課題だった巡航200km/hを超える高速レースでのドルフィン(直線で飛びながら上昇気流をつかって高度をあげる飛び方)、コース取り、普通に考えたら十分な強さの2.2m/sで上昇できるサーマルの横で満足せずに3.2m/sを探してあがるという選択がようやくできるようになりました。ハンガリーの夏は湿度が低く、積雲コンディションの際も積雲が大き過ぎず、雲量も多過ぎないので、雲の選択で迷うのが少ないコンディションではあったこともプラスに働いたと思います。ただしこれらの成果は高速ガグルと共に飛行したからこそ達成できたもので、ガグルと分かれて一人で飛ぶことを想定した場合、ここまでのパフォーマンスを出すことは現時点の技量ではまだ難しいと思います。

 

   高速ガグルへ対応した確実なスタート、コース上でのガグルを利用したフライト

・スタート技術の向上

今大会は連日スタートが上手く行きました。レースの1/3はスタートで決まると言われています。グリッド位置(離陸順)が前の方で曳航が早い時間(リフトが弱い時間帯)に行われた際も、遅い時間(リフトがまとまって上がりやすい時間帯)のどちらの場合でも、曳航機から離脱後のクライムで相対的に強いリフトを見つけることができ、早く、高く上がることができました。

 これまではクライムそのものが遅くてスタート前にスタートに十分な高度まで上がりきれないこと、スタートに十分な高度まで上昇した後に高度維持ができず高度を下げてしまい、再び高度を上げられないことがありました。このようなときに他のガグルをむやみに追いかけた結果弱いリフトしか見つけられず、低い高度でスタートしてしまうことが多々ありました。(スタート高度が200m低ければ、1~1.5分のタイム差になりますので、なるべく高い高度でスタートすることが順位を上げることに繫がります。)

 ところが、今大会ではガグルと同じ高度まで上がりきれないときでも、ガグルの近傍(半周から1周くらいセンターのずれた場所)で上がってくる次の良いバブルをタイミング良く捉えることで、ガグルの近傍で先行機を追い抜いて上がる(この状況になると他の機体が気付き、自分がリセンターした新しいコアにあわせてガグルが再形成されます)、ないしは、上昇気流のトップが近づき上がりが悪くなったため、緩いバンクでスタートを待機するガグルが形成されているとき、下から次の強いバブルが上がってきたタイミングですかさずバンクを入れることでガグルより小さく回って上のスタート待機中のガグルに追いつく、ということができるようになっていました。今までは他のパイロットがそのようにして上のガグルに追いつくのを見て「なるほどー」とは思っていても対応できずにいましたが、今回はそういった行動を主体的にできるようになっていました。(より上がりが強い場所を感じて反応できるようになった)。

 また、今大会から「PEVスタート(Pilot EVent markスタート)」ルールが導入されました、これは「リーダー機のスタートをガグルがフォローしてスタートすること=トップパイロットのスタートタイミングをマネすること」を減らすことを目的とした措置です。PEV Start Window(別名Start Period:今大会では8分)を設定する為に、PEV Wait Time(別名Wait before:今大会では5分)前にイベントマークをGPSログ上に記録します。スタートウインドウ外でスタートすると50点の減点が発生する仕組みです。他のパイロットがいつスタートウインドウに入ったか(PEVを押してWait Time分後から8分間にスタートできる)のかは上空では分からないので、ガグルをフォローするスタートを削減する効果を期待されて、このようなルールが設定されました。

 ガグルリーダーのスタートをフォローすることを心がけている私には厳しいルールだと思っていましたが、ガグルがそろそろスタートしたがっているな、というタイミングが分かってくるようになりました。スタートタイミングの例としては以下があります:昇温して対流高度がその日の予想対流高度に対して十分になっている。スタートライン近傍で対流高度の上限付近に上がれている、さらに強いバブルが上がってきて対流上限の少し上まで上がれている。スタートライン付近の対流が活性化するまで時間がかかる場合は、先に対流が活性化した離れたエリア(スタートラインから10-20km離れることがある)で高度を上げて待機、スタートライン付近の対流活性化に会わせてスタートライン近傍に移動、スタートライン付近で対流上限まで高度を上げる、など 


・コンディションによるクライムの得手不得手の理解

私の場合、コース上でのクライムについて、早い時間(14:00前)のまとまっていないリフトでは、ガグルを追いかけてクルーズからリフトに入った際に、最初の12周目の旋回ではリフトの強い部分が見つけられないことがあるのですが、先行機は一周目から強いところに確実に寄せる能力が高く、最初の2周で高度差をつけられてしまう場合がまだありました。

14時以降の遅い時間のまとまったリフトの場合では、クルーズからリフトにエントリーして同じような上昇率で同じように上昇できる場合が増えました。このあたりのコンディションによる得手不得手が理解できるようになったことから、焦らずに上昇に集中できるようになりました。

 200km/hの高速クルーズから減速してのサーマルエントリーでは減速幅が大きすぎたことでコントローラブルな速度よりも下げてしまい、狭いリフトにねじ込めない場合もありました。 

 ・結果にフォーカスしない、プロセス(行動)にフォーカスする、自ら気づいて修正する(例:Task1~Task5

Task 1:初日を9位というかつて無い好位置でスタートできたことで、初日の結果に隠れていた課題を捉えきれていないところがありました。初日はスタートタイミングでスコアに差が出る日でした。私は一番良いスタートタイミングのグループでスタートでき、結果的に良いスコアになりましたが、同じスタートタイミングのグループの中で比較すると、最もクライムの悪いパイロットでした。初日は結果だけを見てしまったことで、クライムレートの問題に気がつけずにいました。

 Task 2:クライムレートの問題が顕在化して、少しづつガグルから遅れていき、平均速度が上がりませんでした。Task2のフライトの直後では、何が問題なのかにまだ気がつけずにいました。夕食をとりながら振り返っていたときに、旋回中の姿勢がアップアップしている感じで後ろが重すぎる感じがしたので、翌日はテールバラストを0.5L減らして試すことを決断しました。

 Task 3:クライムレートが改善できなかった場合、ガグルから大幅に遅れて一人旅になってしまう可能性がありました。そのためアーリースタートをすることで、遅れをとっても後続ガグルに追いついてもらい常にガグルとフライトすることを目指しました。前日決断したテールバラストを減らして重心位置を少し前に戻したことが功を奏し、ガグルに飲み込まれて以降は練習期間中の良いクライム・グライドの感じが戻りました。

 Task 5:ノーコンテストとなったTask4を挟んでのTask5、再びガグルと飛べることを確信したことでガグルスタートと終日ガグルと飛ぶことを目標とし、思った通りのフライトを達成することができました(MARU史上最も良いフライトだったと自分でコメントしてます)。


 重心位置の問題は、大会が始まって体重が減っていたのか、クルーが到着してバラスト搭載を任せたことで少し搭載量に変化があったのかは分かりません。いずれにせよ、発生した問題点の課題を抽出し、課題解決を自分で気づいて実施できたのが良かったと思います。従来はこのようなイマイチ調子が出ないときに調子を戻す方法に気がつけませんでした。

・コンディションの変化に応じた頭の切り替え(グライドを伸ばす)

ただ、ガグルと飛ぶという点ではうまくいかなかったこともありました。Task2は最終サーマルで一緒になったフランスのLBを追いかけて、低い高度のままフィニッシュに入れることが可能でしたが、ファイナルグライド高度に自信が無く最後までフォローできませんでした。この日は寒冷前線接近の積雲コンディションでしたので、このような状況のファイナルグライドではよい空気のエリアを選んでグライドを伸ばすことができます。前日までのブルーコンディションのファイナルグライドからは頭を切り替える必要がありました。

・今大会で得た感触

総合10位以降の選手にはついて行けることが分かりました。そして10位以内の選手には一対一ではついて行けないことも分かりました。クライム、グライド共に大きな差があります。とはいえ、混戦になるとちょっとしたコース選択の差で遅れを取り戻すことができることも分かったので、諦めずにじっくりコースを選択することで、キャッチアップも可能な場合もあることが分かりました。

 今大会は好天の日が多く、純粋なスピードレースになる日が多くなりました。こうなると、判断の差はあまり大きくなくなり、クライム・クルーズの技術勝負になります。一方、トリッキーコンディション(気象状況が変化し、先が読みにくい)の日は判断すべき要素が大きくなります。トリッキーなウエザーへの対応力はまだまだと思います。


   常に冷静な対応(パニックにならない)

・「今ここ」に集中することでの不安の解消

私は発生した過去のこと(例:すでに飛んでしまったコース選択)や、将来のこと(アウトランディングするかも。。)といった「コントロールできないこと」に意識が揺れてしまい、不安を自分で増やしてしまうパイロットでした。

競技中は「今ここ」に集中します。将来・過去の「コントロールできないこと」をあれこれ考えると「不安」が増大します。「コントロールできること(今ここにあること)」に集中することで、不安を発生させず飛行することができます。

 前述の早い時間のまとまっていないリフトの下で上がらない例の場合を例にすると、上の機体が上がっているのに下にいる私が上がれないことで、「なんで?」とパニックになることが過去にはありました。でも「今ここ」のクライムに集中することで、冷静に次の強いバブルが上がってくるのを待つことや、そのサーマルでは高度差がついたままサーマルアウトして、次の大きな雲ではセンターを少しずらすことで良いコアを探して追いつくという「今ここの雲」でのクライムに集中する、といったことができるようになったことで、自ら生み出していた不安から離れることができるようになりました。

 スタート前の40機以上のビックガグルでの対応も、従来は自分だけ上がることができず焦ってパニックになっていましたが、ガグルの上に上がる技術が分かったことで、ガグルの上が雲で蓋されている様なケースでも落ち着いてガグルの中の高い位置のキープをし、高い良いスタートの対処をすることができました。


・自分との約束事

悪くなる行動パターンに入ってしまうと、焦ってさらに悪い状態になります。悪くなる行動パターンを特定し、そこに入らないような行動を取るようにしました。

 ・自分との約束事(その1)ストレスを上げない為に高度を下げない

タスク飛行中に高度を下げてしまうと、取りうる選択肢が少なくなり、ストレスが高まります。今大会では対流層が深いことが多くありました。このような気象条件の場合リフトの間隔は広がり、ドライなブルーサーマルは低い高度からは上がりづらいことが多くあります。2018年は高度を下げても上げ直せる自信がついたことから、高度を下げることをいとわない(強いリフトを求めて弱いリフトは捨てて前に出る)フライトをして、結果エンジンリスタート(アウトランディング)がありました。しかし、今回は対流層が深いこともあり、対地高度1000mを切らないこと、切りそうになったら減速して弱いリフトでも上げ直すことを心がけ、選択肢を減らしたことからのパニックに陥らないようにしました。

 ・自分との約束事(その2)クライムで差がついた時に相手を気にしすぎない

同じサーマルにいるのに上昇率で差がついておいて行かれると、どうしても上の相手が気になって焦って上を見てしまいます。結果、上を見すぎることで操縦桿を引っ張ってしまい、速度抜けが発生しがちです。JS3は高い翼面荷重(水バラストを多く積んだ状態)ではサーマル旋回中の速度が速い(120km/h以上)ため、操縦桿を引っ張りすぎると速度抜けが発生しやすくなります。操縦桿から手を離しても速度をキープするようにトリムを設定、上昇率の差から相対的に相手と高度差(120m以上)ができたときは上にいる相手の機体を焦って見つづけないよう、高度差はFlarm画面で確認することで、自分のクライムのフィーリングに集中するようにしました(上と下でバブルが違うといくらフィーリングを重視しても下では上がらない場合もあります)。

 ・自分との約束事(その3)セルフトーク

コース上で高度差がある状態でガグルを追いかけることに集中しすぎると、自分は低いままなのに追いつこうとした結果、ファイナルグライドでフィニッシュまでの必要高度が足りなくなってしまう場合があります。大事なことは確実にフィニッシュすることなので、タスクの残り距離が100kmを切ったら、フィニッシュ態勢に入れることに集中するために「あと100km、ここからは追いかけすぎずにファイナルグライドに集中」と声を出し(セルフトーク)、追いかけすぎて低くしないように、後ろから高度を高く取ることを心がけました。これは、前方に対流の悪いエリアがある場合も同様のことが言えます。

 前述のPEVスタートについても、「これから1回目のイベント押しまーす」と無線でベースキャンプに宣言することで、自分の想定するスタートタイミングを明確にしました。

 ・年を重ねたことで得られたもの(加齢によるメンタルの安定)

私は準備を綿密に行ってから行動するタイプで、想定から外れたことが発生すると、焦ってストレスになってしまうタイプです。年齢を重ねたことで、反応速度などの運動能力は劣化していると感じていますが、想定外に発生した事象に対して焦ること、腹を立てることが明らかに減少し、おおらかに、楽観的に捉えられるようになっていると感じています。一般的には、ミドル世代は加齢によりあるべき姿と自分自身の乖離でメンタルが不安定になる、と言われていますが、私の場合は出来ない自分がありのままの自分と捉えられるようになってきたのかもしれません。今大会はいままでになく機材のトラブル(右翼端水バラストバルブトラブル、テールタイヤパンク、牽引車窓開かなくなる、車エアコン壊れる、トーバー溶接破損、無線アンテナのコネクタがあわない)が多発しましたが、なんとかなるでしょうと対処できました。これは年齢を重ねたことの大きなメリットと思っています。


 
・競技期間中の過ごし方(良い睡眠、脳のリカバリー)

日々の振り返りは大事です。が、終わったフライトのこと(とくに失敗したとき)を考えすぎると、その分析のためにパソコンを使いすぎて脳が休まらず、良い睡眠が取れなくなってしまいます。毎日良い睡眠をとるために、夕食前に支援者の皆さん向けのメールマガジンにその日の振り返りを10分程度で書くのみ、として当日に他の機体のログの見直しはしないように方針を変更しました。これも日々の成績が安定したことで、振り返りが短くできるようになったためだと思います。夕食はチームで楽しく取り、お酒もたしなむ程度に飲んで、気持ちよく眠くなって寝る、を心がけました。(大会中はアルコールを控えているパイロットも多いです)。

チームで借りた家のテラスにて。メンバーで集まって一緒に夕飯をとりました。


 ・リスクマネジメント

Task 6:寒冷前線通過後の西風の強い日でした。上空が冷えているので上がり、風が強いのでクラウドストリートができました。関東の寒冷前線通過後と異なるのは、前線通過後も空気が湿っているためトップが低く、雲がスプレッドアウト(積雲が湿った空気の層の影響で層雲状に広がってしまい、日射を遮ってリフトが発生しづらくなる状態)しやすいため、高度を下げてしまったときにスプレッドアウトが重なると上がりづらくなる難しい状況になりがちな点があります。当日のタスクはリフトの弱くなることの多いドナウ川を渡りさらに西に行く設定でしたので、上がりづらい川のエリアをどのように越えるかがポイントでした。川の手前でかつ第一旋回点直前で少しだけがグルグループの前にいたことで、ラッキーなサーマルで少しだけガグルより高くサーマルアウトしたことで、上昇気流の弱くなる川のエリアに少しだけですが高く到着できました。上位陣は川の手前で早くクライムして川を渡りました。それに比べると強いサーマルを見つけるのに時間がかかったことで遅れましたが、川の手前でクライムして川を越えることができ、ミゼラブルな状況(アウトランディング)を避けることができました。対策として強いて言えば、「川のエリアまであとx km」を無線でコールしてもらう、などがあるとリスクの高いエリアを飛び越えるための注意喚起になったかもしれません。

 ・失敗を引きずらない、プロセス(日々のフライト)に集中、自分を信じる(空域違反による大減点)

スーパーポジティブで、失敗を引きずらない(過去を振り返らない)人が居ますが、私はどちらかと言えばネガティブで失敗を引きずるタイプです。

Task 7:タスクコンプリートして普通に特典できるコンディションの日に、空域違反による大きな減点がつきました。この日はイギリスの2機とノルウエー1機の計4機で飛んでいて、一緒にいた3機がまっすぐ空域を越えた先のストリートに向かっていきました。私はそこに空域があることは理解していたのですが、迷い無く進む3機をみると、「私が理解していない別のルールがあるの?」と自分が信じられなくなったこと、またガグルから離れて一人で飛ぶことは速度を落とすことになるので、疑問を感じながらもガグルをフォローし続けました。この選択の結果、空域違反となり大減点となりました。(先行の3機は空域を間違って理解していたことが着陸後判明)

この日は後半からコンディションが弱くなりました。前半にイギリスペアから一度遅れたあと、空域違反前に追いついてフライト出来ていたのですが、後半の弱いコンディションで再びイギリスから遅れをとりました。が、ここでコンディション低下にあわせてキープハイに切り替えて対応することにより、自分でコンディションの変化を乗りきってフィニッシュできました。スコアは減点でかなり低くなってしまいましたが、過去の大会での「他の人はフィニッシュしているのに私だけアウトランディング(エンジンリスタート)してしまった」ような時と比べると、そこそこのタイムでフィニッシュすることがでたこともあり、心的ダメージはそこまで高くありませんでした。(競技にタラレバはありませんが80%程度の得点率だったと思います)。

結果(総合成績)にフォーカスせず、プロセス(日々のフライトの内容)にフォーカスすることにしていたので、総合成績の点からはこの日の失敗は、大会が終わってからは残念に思いますが、大会中は減点を引きずること無く、翌日からの高速ロングタスク(Task 8,Task 9,Task 10)も、得点率91-93%3日続けられました。



・コントロールできることに集中する

Task10:途中で小さくコース選択をミスった時がありました。左にオフトラックして積雲の下を行くことで、5km先で合流した際に、70mくらい高く到達された時があったのです。従来でしたら自分の選択に後悔してしまっていたのですが、コントロールできないこと(起きてしまった過去の後悔)にフォーカスせず、コントロールできること(これからのコース取り、クライム)に集中することで、気持ちを保って飛ぶことができ、気がついたら高度差をつけられていた機体に追いついていました。

・メンタルトレーニングの成果

メンタルトレーニングの勉強を続けたことで、客観的に自分の弱みを捉えられるようになり(セルフアウェアネス・自己認識)、弱み(不安からのストレス)を出さないようにすることができたと思います。相談して気分を落ち着けてくれるチームの存在は大きいです。地上からの無線サポートもうまく機能しました。


3点の目標についてはこのように対応を行うことで出来ることが増えました。ただ、まだ出来なかった点もあります。

 出来なかったこと、調子が悪いときのリスクマネジメント

Task 11:最終日、好天で500kmタスクでした。ウエザーに対してはタスクは短かったので、スタートタイミングが1時間近く分かれました。良いタイミングを選択するパイロットの能力を測る意味でよいタスク長です。早くスタートしたかった私にはタイミングの合わない日になりました。第一レグは調子よく上がったのですが、第一旋回点ターン後の上がりでクライムが悪く、6分後スタートの組に追いつかれました。クライムが悪かったことから、追いつかれたまま飛ぶことを選択すれば良かったのですが、おいて行かれたドイツに追いつこう!との地上からの無線に安易に従ってしまい、逆に高度を下げたことで6分後スタートの組の下で同じ上がりが出来ないことからは遅れ、9分後スタートの組にも抜かれ、15-17分後スタートの組に追いつかれたタイミングでようやく同じクライムレートで上がれるように復帰しました。このあとはリスクをとらず、15分後スタート組のガグルで飛行、最後は24分後スタートのチャンピオンガグルに追いつかれてのフィニッシュになりました。

調子が上がらない時点でリスクマネジメントに振るべきでしたが、地上アドバイスの期待に応えたい気持ちから失敗に繫がった日でした。

 

まとめ

今回は市川さんも18mクラスに参加し、様々な点で相互協力ができるようになりました。朝のブリーフィングではその日のタスクの注意点をお互いに確認、より多くの情報を共有することができました。ベースキャンプの無線アンテナコネクターが想定と異なりアンテナが繫がらないことが分かった際は、コネクターを入手できるまでは無線機を交換させて頂きました。私の牽引車が壊れて工場での修理が必要になった一週間は、市川さんの牽引車をお借りさせて頂くことで、地上でのグライダーハンドリングができました。本当に助かりました。世界選手権を1人で戦うことは本当に難しいことです。日本チームの存在に感謝しています。

ブリーフィング後の情報交換

機材トラブルの際は飛行場の地元の多数の方に助けて頂きました。様々なレースを通して知り合った「グライダーファミリー」に感謝しています。 

応援にきてくれた友人のGaborと

そして今回のチャレンジに対し、寄付支援をいただきました「TEAM MARUサポーター」の皆様からの支援とメッセージは大きな力となりました。ありがとうございました。



また、SNSなどを通じていただいた皆様からの応援も本当に励みとなりました。

応援してくださる皆さんへの恩返しはやはり総合成績になります。総合成績については20位前後が見えていただけに、終わってみると今回の大減点は本当に残念に思っています。次のチャレンジでは総合成績も併せて達成し、一緒に喜んでいただきたいと思っております。

又、今大会はTEAM MARU の挑戦にご共感いただいたOMデジタルソリューションズ株式会社より、撮影機材のご支援を頂いたことで、現地の様子を鮮明に発信することが出来ました。



次のチャレンジは検討中です。2023年の世界選手権オーストラリア大会2024年の世界選手権アメリカ大会は機体の手配が難しいのでスキップを決めています。2025年の世界選手権チェコ大会での15mクラスか、2026年の世界選手権18mクラスがヨーロッパの平野に決まれば2026年を考えています(場所の決定は20233月予定)。当面の練習プランは2023年シーズンはポーランドで開催されるヨーロッパ選手権18mクラス、2024年はチェコで開催されるヨーロッパ選手権15mクラスにオープン参加(表彰対象外)を考えています。

 

今回得た経験と知見は日本のグライダー界などに向けて発信し、グライダー界発展やチャレンジの後押しにしていきたいと思います。また私自身も50代になってもなお進化を続けたいと思います。応援よろしくお願いします。



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