(JSA インフォメーション 308号からの抜粋記事)
2015年は日本で春の天気が恵まれず、フライトの練習は昨年に続きポーランド合宿がメインになりました。春の連休を利用し、世界チャンピオンのセントカ先生に再度教えを請うことにしたのです。
10日間の合宿で6日間のクロスカントリーフライトトレーニング、4日間はみっちりと座学、ブリーフィングで、今年も先生からは連日の厳しい指導をいただきました。
昨年に引き続き、平野を早く飛ぶためのOSに入れ替える(自分のフライトスタイルを変える)ための特訓を行いました。日本とは地形が異なるポーランドやハンガリーに合わせ、頭と体の新しい回路をつなぎ替える作業です。反復トレーニングを繰り返して、時間をかけて体が考えずに反応できるようにする必要があります。2014年の合宿は平野を早く飛ぶための第一回トレーニングで、少しやり方が見えてきたところでしたが、2014年の世界選手権の結果を分析してもらったところ、他のパイロットと比較してサーマル中での上がりが悪く、特にコンディションの良い日のグライドが悪いことが課題として整理できました。今年はさらなる改善を求めて先生に特訓をお願いしました。昨年度は選択肢を整理することで、考えずに体で反応できることの重要性を意識しましたが、今年は昨年度よりもさらに考えずにオートマチックに反応できることを目指しました。反復トレーニングによる刷り込みで、ラニーバッシャム(1976年モントリオールオリンピック射撃競技の金メダリスト)の「メンタルマネージメント」に書かれている「下意識」の強化を目指しました。
図 2 今年も熱血指導頂いたセントカ先生
・マクレディ理論 マクレディセットに対する高度(ハイトバンド)にあわせた速度と選択するするリフトの基準
1970年代に考えられたマクレディ理論は空気の上下動に合わせて速度を変化させますが、理論を追いかけすぎると、ピッチ変化に伴うエネルギーロスが大きいので逆に非効率になると言われていました。90年代に平均上昇率の半分程度のマクレディー値に速度をセットして、一定スピードで飛ぶ「ボックススピード理論」が紹介されました。キープハイを心がける飛び方(日本のようなアウトランディングしづらい環境での飛び方)ですとこの飛び方は良いのですが、現代の高翼面荷重で滑空比が大きく、空気抵抗の少ない18mクラスの機体でアウトランディング可能な平野を早く飛ぶという観点ですと最適では無いようです。
先生の飛び方は基本的にはマクレディ理論で飛んでいます。マクレディ設定値をタスクフライト中の平均上昇率、ないしは2/3程度に設定した速度で飛びます(LX9000だとタスクフライト全体の平均上昇率が表示できます)。図3のような形で高度に応じてマクレディ設定値は変えず、選択するリフトの強さと速度を変えています。高度の低いところ(600m以下)は基本使わず、600m~上昇気流の上限までの高度を 1/3 ずつのレンジに分けて、高いところではマクレディセット値以上のサーマルでないと回らない、速度もマクレディセット値以上で飛び、高度が下がってきたらマクレディセット値以下の速度で飛び、マクレディセット値以下の強さのサーマルでも回る、というものです。
頭では理解できますが、体がそのまま反応するように、すり込みます。
・前方の状況にあわせたこまめなマクレディ設定
マクレディセット値は前方の状況が変化するとそれにあわせて設定値を変更しています。状況が良くなれば設定値を大きくし、状況が悪くなるようであれば設定値を下げます。頭では分かっていても、状況の変化に対して設定速度の選択がどうしても遅れてしまうので、体が考えずに設定値の変更と、それに応じた速度セットの対応ができるようになるまで、反復トレーニングでのすり込みをしました。
・前方の状況、高度にあわせた雲、ターンの選択
私の悪い癖の一つとして、前方に雲があると高度にかかわらず回ってしまう、というのがあります。先ほどの図3から言えば、高い高度であれば、マクレディ値以上の雲でない限りは回る必要はありません。平均速度をあげるには、回っている割合を減らすことです。昨年の解析からもこの傾向が裏付けられます。前の雲だけでは無く、その先の雲、リフトの連続性を考慮して、回るのか、グライドを伸ばすのかを体で反応できるように刷り込みをします。
図 3 高度とマクレディ値、速度選択
・クルーズからサーマリングへの移行
フラップ機において、リフトに入った際の操作として、スティックでのズームアップが先か、フラップで減速するのか、が議論されます。先生のやり方はスティックが先です。180km/h(フラップ-2) のインターサーマルクルーズから、150km/h(フラップ-1),
125km/h(フラップ-0.5~0) と段階的にプルアップとフラップの両方を使っていて、リフティングしているエリアに入ったときには減速は完了しています。リフトを探って、本当にロールインする(回れるだけのリフトの強さがあると確信できる)ときは、フラップは0フラップ、ロールインする100km/hまでピッチをあげ、まずトリムをセット、ターンを試みながら、ターンを確立できる段階でフラップをリフトに応じて+2までセット、もう一度トリム、その段階でLX9000の縮尺を最大縮尺まで拡大して、サーマルアシスタントを活用します。ので、左手はトリム→フラップ→トリム→LX9000の縮尺拡大、とサーマリングの段階に応じて常に移動しています。ポイントはトリムセットが先、フラップは後、だと言うことです。トリムが合っている状態だと、スティックから感じるリフトの強さ、分布状況が分かる能力が驚くほど違います。これはフラップの無い機体でも同じで、クルーズ速度からリフティングしているエリアに入り、クライム速度に移行した際に、トリムが確立して、右腕に無駄な力がかかっていないと、操縦桿から上昇気流の感じる感覚が全く違いますので、是非試してみてください。
これも考えずに体がスムーズに動くようなプログラミングです。
・Big Cu のどこを探すか、Big Cu と small
thin cumuli
日本の雲と比べて異なるのは積雲の大きさです。これは複数のセル(複数のサーマルソース)から一つの積雲が構成されているためと考えられます。日本の積雲ですと一つのセルから構成されていることが多いので、サニーサイド、風上側を選択することになりますが、複数セルで構成されている大きな積雲の場合、狙うのは雲の中央、濃いところになります。ちょっと垂れ下がったウイスプがあったり、ステップがあったりするとなお良しです。ヨーロッパの大きい雲でも、午後遅い時間になってくると、日射側が良い場合が出てきます。
また、大きな積雲があると見落としがちですが、雲の中央下部、雲のすぐ脇にもフレッシュな small thin cumuli が発生しますので、めざとくこの小さいフレッシュな雲を見つけることも大事です。
また、雲底に上がってしまうと次の積雲が分からなくなるので、低いうちに 50km 先まで、地上に映る雲の影を利用して雲の連続性を見る、ターン開始時点でも一つ先(1km), 二つ先(2-3km), 三つ先(5km) の雲を見ろと言われます。
・サーチ方式 Sマニューバー、マニューバー45
大きな積雲ですと雲の直径が2-3km なんてこともあり、上記のように「濃いところ」といっても結構あるわけです。その際は積雲の下の濃いところを結構丹念に探します。S字ターンをしたり、45度ぐらいまでロールインしてから切り返したり。時には積雲の下をサーチするために90度近くオフトラックもします。タスクが決まっていて、レグが決まっていると、雲の下とはいえ、レグに対して90度ターンは無駄な気がしてしまい、スムーズなカーブを描きながら通り過ぎる感じで雲の下を探していた私には「こんなに丹念に探すの?」と思うくらい、Sターンしながら探し回るイメージです。切り返しは結構アグレッシブに切り返します。(積雲下では全体的には空気はあがっているので、アグレッシブに切り返してもロスは少なく、本当に良いところ(アベレージ3m/s以上) は限られているので、本当に良いところに行くため、探すためにアグレッシブに場所をサーチするイメージです。)
・スタートまでのチェックリスト
とくに低いうちは無駄に動き回らず、まずはとにかくリフトの上限まで上がりきります。幅10kmのスタートライン上を移動して、スタートラインから先のエリアを観察し、時には第一レグをしばらく進んでみて、スタートラインのどこからスタートするのが第一レグで最も良いラインを飛べるのかを決定し、想定するラインを飛べるように対地目標を設定して、想定通りのコースを飛べるようにします。レグのリフトの状況がスタートラインのどちらからスタートするのでも良いと判断されるのであれば、風上側のスタートラインからスタートします。その日のコンディションから予想される平均速度とタスクの距離からタスクのエンルート時間を想定し、想定フィニッシュ時間からエンルート時間を差し引いて最も遅いスタートタイムを計算しておき、スタートスロットウインドウを決定します。先生は基本アーリースタートを勧めます。
スタートは競技においては最も重要なタイミングで、考えるポイントがいくつもあります。スタートは最も機体が密集し、空中衝突が起きやすいタイミングなので、安全第一で、積雲コンディションでは他機を見えない状況にしないようにします。
・AAT(エリアタスク)でのルート選択
第一エリアはコンディションが悪くない限りはなるべく奥まで飛行します。エリアのターンは鋭角に回り、レグで蛇行しないようにすることで距離が有効に伸ばせます。レーシングタスク(フィックスタスク)に比べると、エリアタスクの方が良いエリアを選択できるので、平均速度が速くなりそうですが、経験的にはレーシングタスクの方が平均速度は速いそうです。(選択肢が多いと迷ってしまう人間の特性でしょうか)。
・always plan, revise
plan !
常に次にやることのプランを持て!とはいえ、空は常に変化し続けるので、決めたプランに固執せず、常にプランをリバイスし続けます。プラン無しに次のクルーズを始めることだけはしないようにします。
・90 degree right, 90 degree, left, up , and
down !.
私の良くない癖として、行き先の目標(例えば次の大きな雲)を決めてしまうと、そこだけを見てしまう癖があります。視野が20度くらいに狭まってしまい、すぐ横に新しい積雲がポップしているのに気がつかずに通り過ぎてしまったり。。LX9000フライトコンピューターには、一定間隔毎に画面上に警告を出すタイマー機能があります。10分ごとに「右90度、左90度、上下!」と自分の注意喚起をする機能を設定して、一点集中してしまっている自分への気づきをさせて、視野を広げることを心がけています。
・ロールイン時に息を止めない Relax !
集中しすぎて力を入れてしまうと、人は息を止めてしまいます。顕著なのは「このサーマルで絶対に上がらないと!」といった低くなって追い込まれた状況でのリフトへのロールイン時です。息を止めることで、筋肉が緊張し、気流のアップダウンを感じづらくなり、酸素が脳に行かなくなり、正常な判断ができなくなります。ロールイン時に歌を歌いながら(なにかをしゃべりながら)ロールインすることで息を止めてしまうことを防いで、さらに上記のLX9000 のタイマー機能で自分自身が緊張していることを気づかせています。
緊張して、ストレスのかかった状態になると、交感神経が働き、筋肉が緊張します。これを緩めるには、副交感神経を働かせることです。ゆっくりとした腹式呼吸での深呼吸が有効です。聞いた話ではフィギュアスケートでもジャンプの時に息を止めているとジャンプを失敗するそうです。
・重心位置
重心位置については多くの皆さんは出発前の確認で「許容範囲に入っていればよし、前方付近だと速度がつきやすく~」といった程度しか気にしていないと思います。重心位置は上昇気流内の上昇のしやすさ、サーマル旋回での速度コントロールに大きな影響があります。たとえばArcusでは許容重心範囲100mm - 290mmの範囲に対し、220mm-240mmの重心位置が最適とフライトマニュアルに記載があります。まずは推奨範囲に入れてみるだけで普段のハンドリングとは全く変わってきます。どの機体も最適な重心位置があるので、皆さんも是非試してみてください。
・直感に聞け、直感を育てろ
以前の私は「直感」 とは 「センス」だと思っていたので、運動センスの無い自分には直感のようなものはあまりないんだろう、と思っていました。(自分は運動センスがあまりなく、「ハンドアイコーディネーション(目で見たものをそのまま動作する)」能力が低いので、新しい動きの習得には時間がかかります。ですが最近思っているのは、このレポートでも伝えている、「根拠を持って、脳と体の回路を新しくつなぐ」ことをすることで、直感が、考えること無く自然に見えてくるようなものなのではと考えるようになってきました。
将棋の羽生善治さんの本(直感力)にも「直感は、本当に何もないところから湧き出てくるわけではない。考えて考えて、あれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかねばならない。また、経験から直感を導き出す訓練を、日常生活の中でも行う必要がある。」とあり、この考え方に近いものを感じています。
トレーニング最終日はフライトで学んだことを実践してみよう、ということで「今日はしゃべらないからおまえの判断で飛べ」と先生から指示が出されました。5時間のフライトの間、先生は上空でメモ用紙3枚に、ほぼ10分おきにびっしりと指摘事項をメモしていました(例 15:09 1600mあるのに回る必要なし、など)。私が良い判断をしたときは後席から”Goood ! Takeshi “ と褒めてもらえるときもすこしだけありました。大部分は「No!
Takeshi, no, no, this is your flight, fly with your decision !(いやいや、これはおまえのフライトだ、おまえの判断で飛べ!)」ですが、、指摘事項はその場では指摘せず、自分の判断で飛ぶことを私にさせていました(プロフェッショナルコーチとして、「やらせる」ということを徹底しています。)タスクフライトを終了し、着陸後はseeyouでフライトログを見直しながら3時間以上のデブリーフィングを実施。自分の判断と、先生の視点から見て何が違ったかをディスカッションして、この10日間で身につけられた部分、まだ判断の改善が必要な部分の整理で終了しました。
帰国後はデブリーフィングのメモを再整理し、昨年作成したフライト判断チェックリストを再度ブラッシュアップして、先生とのフライトをビデオで見直しながら空の判断基準とチェックリストを体にしみこませる作業を夜な夜な行いました。
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